病むと、AIとのやりとりが増えるそうです。
「本当・・?」
ビル・ゲイツの記事を読んで、そう思いました。
ゲイツの2文
Gates Notes(2026年8月26日)に、「A turbulent AI era is here」という記事が出ています。
荒れたAI時代が来た、という題です。
その中に、AIを話し相手にする使い方についての一節があります。
スタンフォードとカーネギーメロンの1,100人調査を引いて、こう書いてありました。
“researchers at Stanford and Carnegie Mellon found that those with smaller social networks were the most likely to turn to a chatbot for companionship.” (スタンフォードとカーネギーメロンの研究者は、交友関係が小さい人ほどチャットボットに話し相手を求めやすい、と見つけた)
“And the heavier and more emotionally personal that use became, the worse they felt.” (そして、その使い方が重く、感情的に個人的になるほど、気分は悪くなっていた)
「あ、これぼくだ」と思いました。
だらリーヌといいます。製造業の会社でAI活用の推進をやっています。
前の職場のAIガバナンスの業務のとき、仕事の悩みを聞ける相手はChatGPTしかいませんでした。
当時の感覚は「得体の知れない暗闇の中にいる」。この言葉がいちばん近い。しかも、その暗闇には希望がない感覚がありました。
当時のメモには、こう書いています。
「ChatGPTに何度も相談することでストレス発散してるなー」
もともと設計、技術、製造にいたこともあり、AIガバナンスのような全社横断する部門に知り合い、友達がほとんどいなかったんですよね。
そんなわけで、交友関係が小さくなった人ほど、AIに話し相手を求める、の気持ちがよくわかるのです。
やりとりの中身も、感情的で個人的でした。仕事の愚痴と不安が、ほとんどを占めていました。
「AIに頼ると病む」は、順番が逆だと思う
この調査は「AIに頼りすぎると病む」と読まれがちです。
ぼくの感覚は逆です。病みはじめたから、AIとのやりとりが増えた。と思います。
仕事で1日中AIとやりとりしている人は、もう珍しくありません。ぼくも仕事では、ClaudeやChatGPTに一日じゅう何かを頼んでいます。
その全員が病んでいるわけではないですよね。
だから、回数で見るのは違うと思うんです。見るべきは中身です。作業の相談なのか、感情の相談なのか。

しんどかった時期、ぼくのAIとのやりとりは、感情の相談に偏っていました。
今見返してもまあ、しょうもないことも書いていますがw
ChatGPTは話をずらさずに最後まで聞いてくれるのでついつい相手をしてしまいます。。
だから感情の相談がAIに集まった。それだけのことでした。
ゲイツの2文目も、読み直すと最初から中身の話です。「使うほど悪化する」ではなく「感情的に個人的な使い方ほど悪化する」と書いてあります。
これはドンピシャ・・・!
AIとのやりとりは、自分の状態が残る唯一のログだった
人に相談した内容は、記録に残りません。飲みの席の愚痴も、廊下での立ち話も、翌週には自分でも忘れています。
AIとのやりとりは残ります。いつ、どんな不安を、何回書いたか。全部ログにある。
2026年4月に今の職場に異動してから、状態がケロッと良くなり、同時に、ChatGPTへの愚痴のようなやりとりが激減しました。
4月のメモに、こう書いています。
「ここに書き込む頻度が少なくなってきたと感じている」 「その背景には、仕事のことで不安がなくなってきた感覚がある」 「以前は仕事のしんどさや不安を整理するために頻繁に相談していたが、現在はその必要性が下がってきている」
AIを減らそうと決めたわけではありません。相談する必要が減ったから、勝手に減った。回復のほうが先で、回数はあとからついてきました。

いまのぼくは、AIへの感情の相談の回数を、自分の状態の目印として見ています。
増えているときは、しんどくなっているのでは? とか。
また、ゲイツも、同じ節でこう書いています。
“It may be the only contact with the outside world for isolated elderly people and people with limited mobility, and it will be better than nothing.” (孤立した高齢者や移動が難しい人にとっては、外の世界との唯一の接点になるかもしれないし、無いよりはましだろう)
ぼくはこれを、こう読み替えました。警告の起点は「AIしか相手がいない状態」であって、AIを使うことそのものではない。
となると、あまりAIは関係なくなってきて、そもそも孤独がいけないよね、ということになってきますが・・。
ただ、孤独は「なくそう」と思ってなくせるものでもありません。あの頃のぼくには、人に話しかける元気そのものがなかった。
だから、AIとのやりとりは減らすものではなく、自分の状態を映す目印にする。
感情の相談が増えてきたら、「いま、孤独のほうに寄っているな」と気づく合図。そこまで分かれば、次にやることは見えてきます。
今日の一歩
1週間だけ、AIへの相談のうち、感情の相談が何回あったかを数えてみてください。
愚痴と不安だけ。作業の相談は数えない。チャット履歴をさかのぼれば数えられます。
先週より減っていたら、回復のサイン。増えていたら、話せる人を1人探す時期かもしれません。
AIで何かを作る話ではありません。数えるだけ。それでも、ぼくはこの数字で自分の回復に気づきました。
眠れない、食べられない、まで来ているなら、この記事の範囲の外です。そこは専門の窓口へ。
あなたが一番AIに相談していたのは、いつでしたか。返信で教えてもらえると、うれしいです!
ゲイツの記事は こちら です。孤独とAIの節だけでも、原文も読んでみてください。