第7章で、回す仕事が9つあると並べました。ここからは1つずつです。1番目は、法規制を確認すること。

ここで「世界中のAI法を全部読む」から始めると、いつまでも次に進めません。

全部は追えません。 見るのは、自社が売っている国だけ。その中で一番厳しい国に基準を合わせる。

例外は、あとで1つだけ足します。

絞り方は2段階だけ

全部を追う前提を捨てると、読む量が現実的になります。

前の職場で、法規制の担当を引き受けたころのぼくの作業記録がこれです。

EUから新しいAI関連の法制度が出そうだと認識している。パブコメ期限が2/11までという情報を見た。今日夕方の会議で報告が必要である。法律を読み解く必要がありカロリーが高いと感じている。まだ慣れておらず不確実性が高いと感じている

「カロリーが高い」と、自分で書いてる。

パブコメ(法案への意見公募)の締切と、夕方の会議。同じ視界に入ってきて、たった1件でこの状態でした。

1件でこれです。世界中の法規制を全部追う。できるわけがありません。

だからぼくは、見る範囲そのものを絞りました。

AI法規制の絞り込み3段階図。左が世界中のAI法規制、中央が自社が売っている国だけに絞った状態、右が一番厳しい国に基準を収束させた状態。右端に例外としてEUだけは売り先になくても注目の注記

やることは2つです。

  1. 自社が売っている国(売る予定のある国)だけに絞る
  2. その中で一番厳しい国に基準を合わせる

例外がひとつだけあります。EUです。売り先にEUがなくても、EUだけは見ておいてください。

個人情報の世界では、EUのGDPR(EUの個人情報保護ルール)に合わせて作った仕組みが、そのまま世界中の標準っぽくなりました。

AIでも、同じことが起こりえます。

数えたら、拘束力のあるAI法が施行済みなのは3つでした

絞った結果を、数字で見せます。

13カ国・地域を調べました(2026年8月時点)。罰則や届出義務のある、拘束力のあるAI法がすでに施行されているのは、このうち3つだけです。

  • EU(EU AI Act。規則(EU) 2024/1689)
  • 韓国(AI基本法)
  • 中国(生成AI管理暫定弁法ほか、分野別の規則群)

13カ国・地域のAI法規制ステータスマップ(2026年8月時点)。施行済みグループにEU・韓国・中国・日本、審議中と検討中のグループにブラジル・英国・台湾、まだなしのグループに米国・カナダ・シンガポール・インド・豪州・カンボジアを配置

国ごとの中身は、ぼくが作ったAI規制の一覧サイト(AI Reg Atlas)にまとめてあります。

ここで読み方をひとつ。

日本のAI推進法も施行済みですが、罰則がないので上の3つには数えていません。だからといって「日本は緩いから安心」と読むのは間違いです。

日本とEUで違うのは、厳しさの度合いより縛りの種類。

日本には、EU AI Actの第5条にあたる禁止リストも、第50条にあたるAI生成表示の義務もありません。

EU AI Actから覚えて帰るのは、名前だけで大丈夫です。

第2章で見た4つのうちの、禁止と透明性義務。

  • 禁止AI(第5条)。サブリミナル的な操作や社会的スコアリングなど、法律で禁止されている用途があります
  • 透明性義務(第50条)。「これはAIですよ」と人に分かるようにする義務。2026年8月2日から適用が始まっています。AIと会話しているなら人にそう伝える、AIで作った画像や音声にはその印を付ける、が中心です

売り先に中国が入っている会社は、もうひとつ注意です。

中国はEU型の横断法ではありません。

生成AIサービスの管理弁法、アルゴリズム推薦の規定、深度合成の規定と、別々の規則で縛ってきます。当局への届出が要る場面もある。

「EUに合わせておけば中国もカバーできる」にはならないので、中国で売るなら個別に見てください。

基準を1つ決めておくと、案件ごとに調べ直さずに済む

先に一番厳しい国を1つ決めてあると、相談が来るたびの読み直しが消えます。

前の職場で、「チャットボットの製品を海外展開したい」と進め方の相談を受けたことがあります。

サイトで製品説明や規格を相談できるBOT、という用途。

売り先はEUではありませんでした。それでも、うちの会社では一番厳しいEUに合わせると決めていたので、EU基準で判断しました。

結論は、透明性義務程度。「これはAIの回答です」という表示をせよ、として事なきを得ました。

基準がないと、どうなるか。冒頭のあの記録の状態が、案件が来るたびに発生します。

1件ごとにカロリーの高い読み解きをやる。それを避けるための「先に1つ決める」です。

ただし、絞っても勉強はゼロになりません。売る国のぶんは、ちゃんと読みます。

「これで法規制対応は完璧」ではなく、「読む範囲が現実的な量になる」。ここまでです。

見る範囲が決まりました。

次は、この範囲を見続けるための週1の仕組みです。

そのまま使えるもの

上の図解2枚目を、写して使える表にしておきます。自社の売り先の一覧と並べて、どの国を見るかの確認に使ってください。

13カ国・地域の施行状況(2026年8月時点の調査)

国・地域状況備考
EU施行済みEU AI Act(規則(EU) 2024/1689)。禁止AI(第5条)と透明性義務(第50条)がある
韓国施行済みAI基本法
中国施行済み生成AI管理暫定弁法ほか分野別の規則群。EU型の横断法ではなく、当局への届出が要る場面もある
日本施行済みAI推進法。罰則がないので、本文の「拘束力のある3つ」には数えていない
ブラジル審議中・検討中
英国審議中・検討中
台湾審議中・検討中
米国まだなし
カナダまだなし
シンガポールまだなし
インドまだなし
豪州まだなし
カンボジアまだなし